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2009年05月15日

2009GW中日本ツーリング3 ポンポンで走る明治のトンネル

 
ツーリングの前日は遠足に行く前の小学生のようにわくわくする。

最近はGN125でのお出かけはニューヨークやインドに行くよりわくわくする。私が人間として安物なので破格の中華GN125Hとの相性が良いという面も否定できないが、やや力不足の原付2種でちょっと無理を感じる距離を走るのがとてつもなく楽しいのだ。


午前4時15分、自宅出発。

GN125H_ise_start.gif

最近高齢性ニワトリ症候群のために朝が早くなりつつあるが、4時にコケコッコーと毎朝起きているわけではない。この暗い中ちょっと遠い目的地に出発する瞬間がとても好きなのだ。もちろん早朝のうちに都心を抜けて距離を稼ごうという算段もある。

わくわくしてアルミ箔を巻いた100円のAMラジオは、胸ポケットに入れても上着のフードに入れてもノイズまみれで使い物にならない。やっぱりFMでなければ渋滞情報は聞けないと、途中朝5時までやっているドンキホーテで1000円のポケットラジオを買う。どうもバイクの場合、点火系のラインを銅線でシールドしないと、ノイズは絶対に乗るようだ。

国道6号を都心に向かっていたはずなのに、なぜか有明に出てしまう。

あれぇ、おっかしいなぁ、とつぶやきつつ針路修正。



AM6:00 神奈川県突入。

GN125_ise_kanagawa.gif


都内から西に向かうには、国道1号より246を行った方が快適らしい。箱根の峠と湘南の渋滞を避けることもできる。渋谷から大学に入るまでを過ごした池尻界隈を通過し、二子玉川を突破。むかし二子玉川なんてとんでもない僻地だったのに、今やオシャレっぽいビルがいっぱいだ。ともあれ246を素直に西に進む。


8時36分、箱根通過。

GN125_ise_hakone.gif

あれぇ、おっかしいなぁ。

私はこれでもかなり方向感覚が良かった。若い頃は歩くナビと呼ばれていたほどだ。その証拠にその頃はGPSはなかった。



 
ツーリングの前日は遠足に行く前の小学生のようにわくわくする。

最近はGN125でのお出かけはニューヨークやインドに行くよりわくわくする。私が人間として安物なので破格の中華GN125Hとの相性が良いという面も否定できないが、やや力不足の原付2種でちょっと無理を感じる距離を走るのがとてつもなく楽しいのだ。


午前4時15分、自宅出発。

GN125H_ise_start.gif

最近高齢性ニワトリ症候群のために朝が早くなりつつあるが、4時にコケコッコーと毎朝起きているわけではない。この暗い中ちょっと遠い目的地に出発する瞬間がとても好きなのだ。もちろん早朝のうちに都心を抜けて距離を稼ごうという算段もある。

わくわくしてアルミ箔を巻いた100円のAMラジオは、胸ポケットに入れても上着のフードに入れてもノイズまみれで使い物にならない。やっぱりFMでなければ渋滞情報は聞けないと、途中朝5時までやっているドンキホーテで1000円のポケットラジオを買う。どうもバイクの場合、点火系のラインを銅線でシールドしないと、ノイズは絶対に乗るようだ。

国道6号を都心に向かっていたはずなのに、なぜか有明に出てしまう。

あっれぇ、おっかしいなぁ?、とつぶやきつつ針路修正。



AM6:00 神奈川県突入。

GN125_ise_kanagawa.gif


都内から西に向かうには、国道1号より246を行った方が快適らしい。箱根の峠と湘南の渋滞を避けることもできる。渋谷から大学に入るまでを過ごした池尻界隈を通過し、二子玉川を突破。むかし二子玉川なんてとんでもない僻地だったのに、今やオシャレっぽいビルがいっぱいだ。ともあれ246を素直に西に進む。


8時36分、箱根通過。

あっれぇ、おっかしいなぁ?

GN125_ise_hakone.gif


私はこれでもかなり方向感覚が良かった。若い頃は歩くナビと呼ばれていたほどだ。その証拠にその頃はGPSはなかった。それにしてもこの短時間で2度も致命的に道を間違えるとは、先行きが不安になる。


9時、三島か沼津か富士市あたりの松屋で豚丼の朝食。
今googlemapを見ているのだが、どこだったかすら思い出せない。さすが歩くナビだ。ROMが飛んだらおしまいなのだ。

GN125_BF_0.gif

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私はGN125でのツーリングだと、恐ろしくケチになる。もともと金持ちではないし、冬に灯油も買えないほど貧しい学生時代も過ごした関係上浪費が出来ない性格なのだが、ツーリング時には更に磨きがかかる。多分リッター40km近くは走るGN125で無料の下道を走るからにはお金をかけたくない、という心理なのだろう。しかしこの節約ごっこはとても楽しい。楽しさの形は人それぞれだが、私はどうも貧乏旅行との相性が良いようだ。

330円の豚丼がおいしい。


そろそろ11時になるというころ、宇津の谷峠道の駅で休憩していたら、「明治のトンネル」という看板が目に入った。道の駅から2キロほど行ったところに、旧東海道の宿場町と明治のトンネルがあるらしい。気分転換にのぞいてみることにする。

utunotabi_kanban.gif


Wikipediaにはこうある。

宇津ノ谷峠(うつのやとうげ)は、静岡県静岡市駿河区と藤枝市の境にある峠。国道1号・旧東海道が通る。標高170m。
中世から交通の要衝として和歌にも詠われ、現在でも国道1号のトンネルが通過している。また、平安時代の道(蔦の細道)から国道1号現道のトンネルまで、全て通行可能な状態で保存されており、道の変遷を知ることが出来る。

古代・中世
平安時代、古代東海道にあった小川駅が廃止されたことに伴い、それまで太平洋側にある日本坂を通過していた交通が宇津ノ谷の蔦の細道へと移った。
その後、1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の際、蔦の細道のみでは進軍に不足であったため、現在の旧東海道にあたる別ルートを整備し通過した。この別ルートの方が蔦の細道に比べて峠越えが楽であったため、次第に旧東海道が利用されるようになり、蔦の細道は廃道と化していった(蔦の細道はその後昭和40年代まで忘れ去られていたが、静岡市立長田西小学校の教諭であった春田鉄雄らにより復元・整備された)。

近世
江戸時代になり、宿場・参勤交代の制度とともに東海道は整備された。宇津ノ谷峠周辺にも鞠子宿、岡部宿が置かれ、峠付近にも宿や商店が立ち並んだ。

近代・現代
明治に入り、文明開化により東海道の交通量が増大したため、当時安倍郡弥勒村の村長であった宮崎総五が地元の有力者にトンネルの掘削を働きかけた。それを受けて杉山喜平次らが結社を作り、1874年(明治7年)に掘削を開始、1876年(明治9年)に日本初の有料トンネルとして開通した。その後、1896年(明治29年)火災により焼失するが、1904年(明治37年)修復・改修され再開通した。
しかし、東海道本線建設にあたっては、海岸寄りの石部トンネル経由となり、宇津ノ谷峠を越える鉄道路線は敷設されなかった。
明治のトンネルは、その後の自動車の普及に伴って対応できなくなったため、1926年(大正15年)に宇津ノ谷隧道(昭和第一トンネル)の建設が開始され、1930年(昭和5年)に開通した。昭和第一トンネルは当時としては高規格な作りになっており、現在でも大型車が十分にすれ違える幅員が取られている。
戦後、モータリゼーションが進展すると昭和第一トンネルでも交通の増大に耐えられなくなった。そのため、1957年(昭和32年)に新宇津ノ谷隧道(昭和第二トンネル)の建設が開始され、1959年(昭和34年)に開通した。昭和第二トンネルは第一トンネルよりも標高の低い位置に建設され、静岡・岡部間の所要時間は大幅に短縮された。
しかし、それでもその後の通過トラックの増加、志太平野への人口の流入による交通量増加には対応できなかった。そのため岡部バイパス整備に合わせて平成宇津ノ谷トンネルの建設が1990年(平成2年)に開始され、1998年(平成10年)に開通した。この開通に合わせて昭和第二トンネルは上り線専用に改修され、国道1号は片側2車線となった。

(http://ja.wikipedia.org/wiki/宇津ノ谷峠)


大きな地図で見る

GN125_ise_utinotanitown.gif

旧東海道である以外何もない小さな村だが、とても雰囲気がよい。それほど高くない山に広葉樹、小さな茶畑、瓦屋根の家。日本の美しい村だ。GWのまっただ中だというのに、ほとんど人もいない。


売り物の明治のトンネルにはバイクで入ることができる。

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Gn125_ise_meijitonnneruUP.gif

やっぱり煉瓦作りなのだな。
廃墟ではなく生活道路として現在も使われているため、まだまだきれいにメンテナンスされている。多分これが明治9年に開通した日本初の有料トンネルなのだろう。


トンネルと抜けると、古い旅籠の跡が資料館になっているとの表示がある。一見ハイキングコースのようだ。ちかくで農作業をしていたご婦人に「資料館へはバイクで行けますか」と尋ねたところ、大変感動的なお返事が帰って来た。

「途中階段があるから、そのポンポンじゃ行けないですよ」


私のGN125は、羊の皮を被った狸、通勤18号などの自称の他、イカサマGN、大陸人民車、貧乏バイクなどさまざまな呼ばれ方をしてきたが、ポンポンと呼ばれたのは初めてだ。たしかにこのGN125にはたいそうなエンジンは載っていないが、焼き玉エンジンではない。やっとつけた自慢のレッグシールドが,ご婦人をしてGN125をポンポンと呼ばせてしまうのだろうか。



ツーリング終了後友人にこの話をしたところ、どうやら静岡界隈ではバイクのことをポンポンと呼ぶことも多いようだった。


私「大型車もポンポンと呼ぶのか?」

友人「まさか。カブとか小さなビジネス車だけだ」



そうかそうなのかわかったぞそうなのか私のバイクは静岡地方ではどこに出しても恥ずかしくないポンポンなのかそうなのかそうなんだなよおくわかった。

ポンポンは明治時代に作られた日本初の有料トンネルを抜けて、空冷4サイクルバランサーなし単気筒のエンジンで、ぽんぽんぽんと西へ走る。

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【2009GW お伊勢参り/善光寺ご開帳ツーリングの最新記事】
この記事へのコメント
楽しいツーレポが始まりましたねぇ
自分がツーしているかのように、わくわくします。
いつか、私のぽんぽんで同じようなコースを走ろうと算段している昨今です。
参考になります。<(_ _)>
Posted by parumiyo at 2009年05月16日 01:32
どう道を間違えたかが非常に良く分かります汗
6号のは言問橋を右折せず直進して三つ目通り→有明
246号は厚木市内の分岐で側道の246号じゃなく高架になってる129号の方に進みましたねw
Posted by ちゃこし at 2009年05月16日 11:35
こんにちは。
行きつけの歯医者の大きなおねーさんは水冷4気筒のカウルつきバイクを目の前にして「あら、バタバタで来たの?」って言いますが、ポンポンとはまた可愛いですね(笑)
Posted by AL at 2009年05月18日 19:37
>oarumiyoさん
私の好みのルートで走ると、因果な観光スポットばかりになってしまいます。^^;

>ちゃこしさん
地図確認しました。まさにおっしゃる通りでした(涙)。さすがに自分を信用しきれなくなり、現在モバイルGoogleMapを見られるように、携帯をハンドルにマウントしました。

>ALさん
コメントありがとうございます。大陸人民車よりぽんぽんの方が愛嬌ありますね。でも、バタバタってまるでオート3輪…


Posted by at 2009年05月20日 17:42
いつも楽しみに拝見しております。

朝食をたべられたのは三島ですね。

〒411-0842 静岡県三島市南町15−20
(有)スズキモータース
TEL055-975-9121

のお隣です。 これからもブログ、楽しみにいたしております。
Posted by 異国の国より at 2009年05月23日 06:00
>異国の国よりさん

コメントありがとうございます。
写真に写っているスズキモータースは三島のお店だったのですね。スズキさんにはGN125を始めバイクにも車にも何台かお世話になっています。ここにもご縁があったとは…

教えていただき、ありがとうございました。^^

Posted by at 2009年05月23日 15:21
めっちゃ地元です!藤枝出身なんで(笑)

カブ的な乗り物→ぽんぽん

大概の原付→かぶ

ってばあちゃんは思っています。
Posted by れぐーん at 2009年05月25日 09:09
>れぐーんさん
藤枝と言えばバイパスを乗り降りしていたあたりですね。確かに少しお年を召したご婦人だったのですが、ばぁちゃん少し手前くらいのかたでした。でも、実はぽんぽんって呼び方、密かに気に入ってます。

Posted by at 2009年05月27日 23:13
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